テレビのニュースが
「S&P500が最高値を更新しました」「インフレのピークは過ぎました」と、
どこか浮かれた調子で伝えている。
街の大人たちも、
経済が持ち直してきたと胸をなで下ろしている。
その楽観的な空気を目にするたび、
胸の奥で冷ややかな違和感と、
やり場のない静かな怒りがわき上がってくる。
ウォール街の株価がいくら跳ね上がろうとも、
私たちの現実がそれに伴って豊かになった実感など微塵もない。
推し活のライブチケット代は値上がりし、
遠征のための夜行バスやホテルの宿泊費は高騰し、
毎月リピートしているお気に入りのコスメの値段もこっそり上がっている。
スーパーの棚に並ぶパンのサイズは小さくなり、
お小遣いやバイト代の価値は目減りするばかりだ。
大いなる数字の繁栄と、
凍てつくような生活実感のあいだには、
果てしない絶壁のような距離感がある。
このズレを無視して
「景気がいい」と言い放つ大人たちの無神経さに、
私はどうしても納得がいかない。
なぜ、
市場の華やかな数字と、
私たちが肌で感じるこの冷たさには、
これほどまでの乖離が生じるのだろうか。
ウォール街の強さを支えているのは、
大手企業の分厚い利益や堅調な経済成長データだ。
海外の経済メディアも
「The S&P 500 rose to record territory after third-quarter U.S. growth data showed the economy is powering along.(第3四半期の米経済成長データが力強い拡大を示した後、S&P500は過去最高水準へと上昇した)」(出所:The Wall Street Journal)と報じている。
数字の上では確かにアメリカ経済は力強く走っている。
けれど、
そのエンジンを回しているのはごく一部の巨大企業であり、
そこで働く人たちの給料や、
私たち一般の生活費にその恩恵がダイレクトに降りてくるわけではない。
むしろ今、
経済の裏側では
「金利」という見えない鎖が、
私たちの足元をしっかりと締め付けている。
米10年債利回りは4%台後半から5%に迫る高水準でずっと居座り続けている。
これが何を意味するのか。
例えるなら、
学校の
「学食のメニュー値上げと生徒会の予算配分」に似ているのかもしれない。
生徒会全体の財務健全化のために全体全体のコスト(金利)が引き上げられると、
学食の仕入れ値が跳ね上がり、
結果として私たちが食べるカレーの値段が上がり、
新しいデザートを頼む余裕すら消えていく。
企業も同じだ。
高い金利のせいで新しい挑戦や借入に慎重にならざるを得ず、
そのしわ寄せが雇用や賃金、
そして私たちの身の回りの物価にじわじわと波及してくる。
専門家ではない私には、
この金利の高止まりが意図的な引き締めなのか、
それともシステム自体が抱えるバグのようなものなのかは正確にはわからない。
もしかしたら、
市場の参加者たちも本当の出口を見失ったまま、
ただ数字のゲームを必死に回し続けているだけなんじゃないか。
そんなあやふやな仮説を頭の片隅に置きながらメカニズムを紐解いていくうちに、
不思議と胸のつかえが少しずつほどけていくのを感じる。
感情的に
「ずるい」と怒るだけではなく、
構造を理解すれば、
この冷たい仕組みがどこから来ているのかが立体的に見えてくるからだ。
世界は相変わらず不確実で、
都合よく私たちの生活がラクになる保証なんてどこにもない。
テレビの中の好景気ムードに浮かれることもなければ、
世間の過剰な悲観に呑み込まれる必要もない。
大切なのは、
この数字の裏側にあるメカニズムを冷静に見据えることだ。
大人たちの無責任な楽観や、
ネットの煽り文句に流されることなく、
自分の未来や生活を自分の手で守るために、
私は今日も淡々と投資の勉強を続ける。
冷えた現実は変わらない。
だからこそ、
感情を削ぎ落としてフラットに世界を眺める目を養うこと。
それが、
この矛盾に満ちた時代を生き抜くための、
今の私なりの精一杯の決意だ。
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